否定
なんか滅茶苦茶に否定される夢を見た。
夢の中の自分はすごく悲しんでる。だけど、それを他の人に悟られないように
やせ我慢というか、無理やりポーカーフェイスを演じていた。
ただ、現実世界で同じように。それこそ人格まで否定されても、その時は凄く頭にきても、徐々に冷静になって考えてしまうだろうなと思う。
否定されたとしても、それは世界中にいる人間という種族の、はたまた良くわからない家庭環境で育った一人の人間が否定しているに過ぎない。悲しいことに。
じゃあ複数に否定されたら? それでも、同じことのように思えてしまう。
僕にとっては1も100も1000000も変わらない。まぁ百万の人たちに否定されたら、さすがに凹むかも知れないけれど。……否、むしろそれほどまでに否定される事柄を世の中に提示できる時点で、自分は凄い能力を持っていると――変に勘違いしそうで怖い。そっちの方が問題かも知れない。
昔の人の時代。戦の時代においては、1人殺したところでただの殺人鬼扱い。
1000人殺せば、英雄と評される時代。おかしな話だなぁと思う。時代が違うだけで、これほど手のひらを反すものなのかと。どの時代も、どの地域でも、どの年代でも、殺すこと自体、意味としては同じなのに。状況と環境が変わるだけで、人の心と常識が変わってしまうんだから。なんともいえなくなる。
何というか心が本当に冷めている。大人になるにつれ、純粋な気持ちというのが消えていきそうで怖い。
さすがに僕は法を犯すことや、殺人とか、そういった人道を外れた生活や行為を行いたくないし、するつもりもない。そこにあるのはただの罪だ。
でも、心が冷めてるんだよなぁ。
心から努力し、涙を流しながらも一日一日を必死に生きようとしている人さえも、
そこから脱出して、いつしかそのことを忘れてしまいがちになりそうな時に、ちょっとした誘惑や心無い言葉によって狂ってしまう。
そんなどうしようもならないことを考えていると、心が冷めてくる。
考えなきゃいい話なんだけど。意味もない話なんだよなぁ、本当、に。